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もうすぐ昼ごはん
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  小学校の給食 ( よく見た、嫌いな物を無理矢理食べさせられている光景 )
Date: 2004-04-06 (Tue)
先日、ある掲示板に、小学校に通っていた頃の給食についての書き込みがありました。

その掲示板に、「通っていた小学校では、給食を残さず食べなくてはならず、食事時間が終わっても、泣きながら食べさせられている光景があった」とありました。

最初にそれを書き込まれたのは、30代以上の方みたいです。これに、Resを付けた人も同じく、30代以上の方でした。
結構多くの方が「同じ様な光景があった」とか、「私も、嫌いな物を無理矢理食べさされた」と書いていました。

その中で、興味のあることを書いている人がいました。その方は、海外で生活をしていて、途中で日本の幼稚園に編入したみたいです。そして、次のような書き込みの内容でした。
すごい昔ですけど、インターナショナルの幼稚園から日本の幼稚園に移ったことがあるんですが、いろいろ違って戸惑いましたが、いちばんはおやつ。

日本の幼稚園は最初からみんなおんなじものが、出ますが、インターナショナルの場合は、「クッキーorクラッカー?」とか「ミルク?オレンジジュースorトマトジュース?」とか必ずチョイスがあって欲しくなければ取らない。

そのかわり残すと「自分が選んだのになぜ?」と聞かれました。「選ぶこと」と「自己責任」の教育がすでに行われていたんだと今さら思います。アメリカのレストランに行くと、うるさいくらい細かく聞かれたりしますけど、これって小さい時から始まっているんですね。
「日本人(あるいは日本の技術)には独創性が無い」と、よく言われます。また、他の人よりも飛び出した能力がある人に対しては「協調性が無い」として潰されたりします(いわゆる出る杭は打たれる方式)。

この様な日本人のマイナス要素の育成に、子供の時に経験する給食に対する学校の考え方も影響していると思いました。

給食で食べるものを自分でチョイスさせる為には、それだけの物を用意する必要があります。また、余って捨ててしまうこともあるでしょう。結果として給食費(=お金)がUPすることになります。
そのため、日本の様に“みんな一緒のものを食べさせる”ことは安上がりな方法でしょう。しかし、教育としては、上の例から考えるとあまり良いとは感じません。

“教育に金を掛ける”=“校舎を新築する、校舎にエアコンを入れる、塾に通わせる、新しい教材を与える”など物理的な発想に繋がりがちですが、食事に金を掛けるのも必要だと思いました。

追伸:
おそらくエセ環境保護論者は、「チョイス可能なまで食材を揃えると、廃棄する食材の量も増えて、環境に優しくない」なんて屁理屈を宣うことでしょう。言わせておきましょう。
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